ウェブサイト、SNS、印刷物……世の中へ情報を発信する手段はさまざまですが、そのいずれにも共通する重要なことの一つに「正しい情報を伝えているか」が挙げられます。
近年のフェイクニュースによる混乱を見ればわかるように、誤った情報が世間に及ぼす影響というのは想像以上に大きいものがあります。受け取った側が混乱するだけでなく、情報発信した側もその信用が損なわれますし、場合によっては罪に問われることも考えられます。
出だしからいささか大仰な話になってしまいましたけれども、校正・校閲の役割は、情報に含まれる誤りや不適切な点を見つけ出し、指摘・修正することにあります。校正と校閲はセットで語られることが多いのですが、それぞれに違いがあり、同じものというわけではありません。
目次
校正によるチェック
私たちタクトシステムでは、校正と校閲におけるチェック項目を次のように区別しています。
校正校閲のチェック項目 校正…紙面体裁の確認、使用画像・図版の確認、誤字脱字・文字化けなどの確認、表記の統一、赤字照合 など 校閲…文章の矛盾点や不適切な表現への指摘、事実確認 など
お仕事の依頼内容によって、これらのいくつかを省いたり、逆に付け加え(校正+校閲のように)たりもしますが、基本はこの分け方です。
では、それぞれの項目でどういった事柄をチェックしているのか、具体的に説明していきましょう。
紙面体裁の確認
「紙面」としていますが、ウェブサイトでも同様です。読み手(読者や閲覧者)が見ることになる紙面・画面が、意図したとおりの見た目になっているかを確認します。
これには文字のサイズや書体、色の指定、見出しや文章・ビジュアルの配置(いわゆるレイアウト)、印刷物であればコンテンツが印刷される領域(版面)からはみ出していないか、といったことが含まれます。
印刷物の場合、製本方式によって冊子の内側(のど)や外側(小口)に確保する余白の量が変化することがありますので、このあたりも注意しなければなりません。
使用画像・図版の確認
指定された画像やイラストなどの図版が、適切なサイズ・表示範囲(トリミング)で張り込まれているかを確認します。
写真の中に見せてはいけない要素(いろいろありますが、版権にからむキャラクターなどはその一例です)が写り込んでいるような場合、トリミング指示が守られているかを慎重に確認する必要があります。
ビジュアルとその説明文(キャプション)との関係が正しいか、本文の内容とかみ合った図表が選ばれているか、といった部分にまで踏み込んだチェックをすることもあります。
誤字脱字・文字化けなどの確認
校正という言葉から一般的に連想されるのはこの部分でしょう。
PCで原稿が作成されることが多い近年では、誤変換からくる同音異義語や同訓異字のミスチョイスが起こりやすく、うっかりすると見過ごしてしまう(?)ような誤りが紛れ込みがちです。
同音異義語や同訓異字のミスチョイス例
「解放」と「開放」
「決着」と「結着」
「内蔵・内臓」
「練る・錬る」
スマートフォンで作成された原稿であれば、フリックミスによる誤字の発生も考えられるでしょう。
最近はめっきり少なくなりましたが、手書き原稿から紙面を制作する場合、執筆者の文字のクセからくる読み間違いで、誤植が発生するというケースがありました。ネットでよくネタになっていた「インド人を右に!」はかなり極端な例としても、「ワ」と「ク」と「7」、「ソ」と「リ」、「う」と「ら」が取り違えられるというのはよくあることでした。
文字化けは機種依存文字を使用していたり、データを正しい文字コードで読み込まなかったりした場合などに起こる、誤った文字に変化してしまう現象です。また、必要な書体がインストールされていない環境でレイアウトデータを閲覧した際に、デザインの意図と異なる書体に変化することも文字化けと呼ばれます。
表記の統一
日本語では同じ言葉を書く場合であっても、いくつもの異なる表記が存在します。
「ひとり」を「一人」と書くこともできますし、「独り」と書くこともできます。「1人」かもしれませんし、ひらがなのまま使いたいときもあるでしょう。「うちあわせ」の送り仮名を「打ち合わせ」とする人もいれば、「打合せ」とする人も「打ち合せ」とする人もいます。
外来語や外国人名のカタカナ表記では、「コンピュータ」と「コンピューター」や「スチール」と「スティール」、「スティーブ・ジョブズ」と「スティーヴ・ジョブス」で意見が割れることもあるでしょう。
SDGsで目にする機会の多い「持続可能性」も、「サステナビリティ」だったり「サステイナビリティ」だったり、はたまた「サスティナビリティ」もあったりで人それぞれです。
これらは「表記のゆれ」と呼ばれ、いずれが正しい(誤り)というわけではないのですが、表記が統一されていないと読み手を混乱させることにつながります。そのため出版社や報道機関の多くは、表記に関する詳細なルールを各自で定めています。要望があれば、こうしたルールやお客様独自のルールに従って文章をチェックしていきます。
赤字照合
原稿や校正刷りに修正指示(赤字、朱書きなどと呼びます)が入っている場合、これらが正しく修正されているかを一字一字、指で押さえながら確認します。なぜ一字ずつ確認するかというと、人間の脳は文字が入れ替わったり誤ったりしていても、多少であれば補正して読んでしまえるからです。
これは人間が持つ素晴らしい能力の一つと言えますが、校正をする人間にとっては誤りの見落としに直結する厄介な働きでもあります。そのため文章としてではなく、文字を一字ずつ記号のようにしてチェックするわけです。
ここまでが校正のチェック項目です。
まとめるなら、制作物が正しい(意図した)形に仕上がっているかを、総合的に確認するお仕事ということになるでしょうか。
校閲によるチェック
では次に、タクトシステムの校閲では、どのような確認をしているかについて説明していきましょう。
校正校閲のチェック項目 校正…紙面体裁の確認、使用画像・図版の確認、誤字脱字・文字化けなどの確認、表記の統一、赤字照合 など 校閲…文章の矛盾点や不適切な表現への指摘、事実確認 など
校正と比べるとチェック項目の数は少ないようですが、その内容はかなり濃密です。
文章の矛盾点や不適切な表現への指摘
原稿や修正指示と突き合わせるのではなく、文章だけを読んで矛盾点や不適切な表現などがないかを探していきます。
業界では「素読み」と呼ばれるチェックです。
矛盾点と一口に言っても、その内容は多岐にわたります。
たとえば
- 一人称や語尾の不統一
- である調とですます調の混在といった文体の揺れ、述べられていることの矛盾(一文の中で発生することもあれば、全体の中で矛盾が起きていることもあります)
- 助詞の誤り
- 言葉の誤用
- 単位の取り違え(ミリメートルとセンチメートル、キロメートルとキログラムのような)
といった具合で、しかもこれがすべてというわけでもありません。
見れば見るほどきりのない部分でもありますので、どういった内容に絞って確認するかを、あらかじめお客様との打ち合わせで決めておきます。
不適切な表現というのは、文章としては間違っていないのですが、差別的であったり、読み手の顰蹙(ひんしゅく)を買ったりする恐れのある表現です。
登録商標を一般名称のように使うことも不適切な表現と言えます。発信者が気づかずに使っている場合でも、あえてそうしている場合でも、校閲側からはそれらに対して問い合わせや注意喚起をする必要があります。
また、文章内で同じ語尾や接続詞、言い回しが連続するといったリズム的な部分についても同様に問い合わせ等をしますが、作品的な性格の強い文章の場合、あえてそうしている可能性が高いようならば触れずにおくこともあります。
事実確認
ファクトチェックとも呼ばれます。
本来は、世の中に流れている情報やニュースが事実に基づいたものであるかを、中立的・第三者的な立場から調べることを指しますが、ここでは原稿に書かれている事柄について、何らかの裏付けを取ることだと思ってください。
やはりこれも時間を要する作業であるため、確認すべき点を絞って進めていきます。何をもって事実の証拠(エビデンス)とするかについても、認識をしっかりとすり合わせておく必要があります。たとえば、インターネット版官報で閲覧できる情報で確認する、記事で語られている対象(企業や人物など)の公式ウェブサイトの情報に当たる、国立国会図書館オンラインで検索する、といった具合です。
調べた結果エビデンスが得られなかったときはどうするのか、(公式情報ではなくても、三大新聞社の記事で確認できた旨を注記する等)について決めておくこともあります。
以上が校閲のチェック項目です。校正が正しい(意図した)形との照合・確認を主としているのに対して、校閲では絶対的な正解が存在しないことも珍しくありません。
お仕事の性格に応じて、発信者が何を伝えたがっているのか・誰が読み手となるのか・読み手の人たちが何を求めているのかを考え、より正しくより妥当と思える答えを見つけていく必要があります。
実際にどのように作業しているのか?(製品カタログの場合)
校正・校閲がチェックする内容について、それぞれ見てきたわけですが、どのように思われましたか? 「考えていたよりも、いろいろな部分を見ているんだな…」と感じた方もいらっしゃるのではないでしょうか。
たとえば一般的な製品カタログの紙面を思い浮かべてみます。
まず見出しがあって、製品写真が載っていて、製品番号や注文番号が目立つ位置に置かれていて、希望小売価格が記載されていて、製品の仕様表もあって……ページ数の多いカタログなら、製品のジャンルやカテゴリが探しやすいように小口側に見出しやインデックスが入っていたり、関連製品に誘導するためのページガイドが用意されていたりするかもしれませんね。
と、このように内容盛りだくさんの制作物の場合、見るべき箇所はますます増えていきます。
たとえプロの校正者であっても、これだけのチェックを一度にこなすことは困難です。そのため実際の作業時には、まず紙面の体裁を確認し、次に画像をチェックし、品番・価格を見てから仕様表に目を通し、最後に全体を見渡す、というように、見方や見る要素を変えながら同じページを何度も校正していきます。
こうすることで集中力を高め、見落としを減らす努力をしているわけですが、人間のすることなので、いつかは必ずミスが起こります。これをゼロに近づけるための方法が「ダブルチェック」です。
ミスを減らすためのダブルチェック
ダブルチェックというのは、文字通り二人の人間で校正することです。いくつかやり方がありますが、ここでは
- 二人がけ
- 二度がけ
- 読み合わせ
の三つについて説明します。
二人がけ
校正者二人が連続して校正をかけます。
納期的な理由などから、連続ではなく同時にかけることもあります。異なる人間の目でチェックすることで見落とし減少(根絶)が期待できますが、校正者自身がダブルチェックの効果に依存してしまうと見落としは減りません。二人がけであっても、一人で校正しきるという意識が大切です。
二度がけ
同じ校正者が二度校正をかけるやり方です。
厳密な意味では「二人」ではないのですが、一人の校正でも一度目からある程度の間を空けて二度目を見ることができれば、見落としに気づきやすくなります。人員的な都合で二人の校正者が確保できない場合などに使われます。
読み合わせ
原稿を音読する人間と校正刷りを見る人間とに役割を分けて校正を進めるやり方で、対校とも言います。
二人で作業することで緊張感が生まれ、見落としを減らすことができますが、同音異字や同訓異字の誤りに気付きにくいといったリスクや、レイアウトやビジュアル的な部分がチェックしづらいという難点があります。
タクトシステムで読み合わせを使う場合は、通常の校正をかけた後の二度目の校正方法として活用しています。
状況によってこれらのダブルチェックを駆使し、ミスの撲滅を目指します。
お仕事によっては、「ダブルチェックほど念入りにしなくてもいいのだけど、どうしても間違いたくない箇所があって……」というケースもあり、そういった場合は「どうしても間違いたくない箇所」だけに絞って二人がけ等をすることもあります。
こういった部分的なダブルチェックは主に、「重要事項」と呼ばれる要素に対して行われます。
重要事項とダブルチェック
万が一誤りがあったとき、致命的な事故に直結する情報を重要事項といいます。
重要事項には
- 日付・曜日・年号
- 商品番号・注文番号
- 価格
- 固有名詞(国名・地名・人名・企業名・商品名など)
- 住所・電話番号
- URL・メールアドレス
- 商標・ロゴ
- 単位
- アレルギー物質
- 外国語の綴り
といったものが挙げられます。
いずれも一文字間違っただけで、大きな混乱や被害が生まれることが予想できるのではないでしょうか。
ただ、最後の「外国語の綴り」だけ周りと毛色が違います。内容というより表記の問題なのでは? と思われる方もいるでしょう。これは校正者が外国語をチェックする際には、母国語よりも見落としや間違いが起こりやすいためで、そうした理由から重要事項として扱っているのです。基本的には、日本語の紙面の中にピンポイントで使われている外国語のことだと思ってください。
こうして細心の注意を払いながら、制作物に潜んでいる誤りや矛盾を見つけ出していくのです。
校正者の領分とは
先ほど「人間のすることには必ずミスが起こる」という話をしましたが、それならば原稿そのものに誤りが含まれている、といったことも起こり得ます。
正しさの基準となる原稿に誤りを見つけた場合、校正者はどうすべきでしょうか? 赤字を入れ、修正するように指示を入れるのでしょうか。
もし原稿に誤りを見つけたら
結論から言うと、校正者が原稿の手直しをすることはありません。というよりは、やってはならない行為なのです。
お仕事によっては明らかな誤字脱字などに限って修正することもありますが、作品的な性格の強い文章の場合、読点の位置を変えることも許されません。原稿の内容を変更するのは、執筆者や著者といった発信者の方々の権利であり、校正者がそこに踏み込んでしまうことは越権行為になるからです。校正者は発信者ではないのです。
校正者の領分は、発信者の情報発信の手助けをすることにあります。
原稿に書かれていることを無条件に信用せず、情報を一つひとつ疑り深く吟味しますが、そこで見つかった赤字(にした方がよいと思われる事柄)については修正せず、そのまま執筆者や著者に伝え、その判断をあおぎます。発信者が気づいていない誤りや矛盾点を見つけ出し、世の中に発信される情報の精度を高めるお手伝いをすることが、校正者の本懐なのです。
校正・校閲が求められる現代
校正・校閲というテーマでここまでお付き合いいただきましたが、その仕事の内容については、どちらかというとアナログ寄りだと感じられた方が多いのではないでしょうか。
実際に校正に従事している身としてもそう思いますが、そのアナログな校正・校閲が、デジタル全盛の現代においても注目を集めているというのは面白いことです。
これには、インターネット環境の普及・充実により、誰もが発信者になれる世の中が実現したことが影響しているでしょう。踏み込んで言うならばいわゆる「炎上」の数々が、誤った情報や不適切な表現が及ぼす影響について世の中に再認識させたのだと思います。
ボタンをクリックした次の瞬間には自分の随筆や日記、主張を全世界に公開できる、というのが現代です。
このことは世界の大いなる革新に違いないのですが、情報を発信することの責任と恐ろしさについて十分に知る機会がないまま、手段だけを手に入れてしまったのは不幸なことでした。そうして起きたいくつもの「炎上」騒ぎを経て、文章の見直しが意外と大事なことだった、と多くの人々が思い出したのが今なのだと思います。
先に「校正者は発信者ではない」と書きましたが、発信者が校正者になることはできます。何かを書き終えたら一息ついて読み返し、気になるところがあればいくらでも削ったり書き直したりすればいいのです。ワンクリックで情報発信できる手軽さと気楽さは魅力ですが、その魅力におぼれずに一手間かける慎重さが、インターネット社会を生きる現代人には必要なのではないでしょうか。
このブログが情報発信とその責任、校正・校閲について考える一助になれば幸甚の至りです。最後までお読みくださり、ありがとうございました。